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2005年06月12日

恐るべきアルゼンチンのミュージシャン

今回は思いっきりマニアックなCDを紹介したい。

アルゼンチンってのは政情が不安定なくせに、いろいろすごい。まずサッカーが強い。また、アルゼンチンタンゴは民族音楽としては驚異的に世界中で聴かれてるんじゃないだろうか。そのアルゼンチンタンゴであるが、ダンス音楽としては異色といえるほど暗い。南米の音楽は、サンバにしてもサルサにしても開放的で外に向かっていく音楽が多いが、アルゼンチンタンゴはどうしてあんなに生真面目で内向的なのだろう。そのせいかこの国のアーチストは、音楽に対してストイックになる傾向が強いと思う。ピアソラ然り、パットメセニーグループに在籍していたペドロアズナール然り。

Fernando Samaleaは、そんなアルゼンチンらしさを十分感じさせてくれるアーチストだ。ドラマーでバンドネオン奏者。この人の音楽はジャンル分けが難しいが、アルゼンチンタンゴをエレクトロやロックの手法を借りて表現しているという言い方が一応しっくりする感じがする。
Compilado 1997-2003 Remixes」というアルバムがとりあえず聴くにはオススメ。タワーレコードで在庫があれば手に入ると思う。過去にリリースされたアルバムの曲と新たにリミックスした曲を含むベスト盤的アルバム。
Fernando Samaleaの音楽はピアソラをイメージするとかなり肩透かしを食うことになる。エレクトロやロックの手法を使ったリズムの上、ガムラン的なサウンドなども取り入れつつバンドネオンでメロディを奏でる。非常にエッジの立ったサウンドだ。一聴しただけではかなり難解で、ストイックな音楽。しかし、このストイックさは、やはりアルゼンチンタンゴが持つストイックさであって、その意味では非常に純度の高いアルゼンチンタンゴなのだと思う。最近、ピアソラの音楽をリミックスしたアルバムがリリースされたりと、アルゼンチンタンゴのエレクトロ化が流行りだが、Fernando Samaleaの音楽はそういったリミックスアルバムとは明らかに次元が違う何かがあると思う。つまりそれは過去の資産から音楽を再構築するのではなく、自分の音楽をゼロから創造しているからに他ならないとは思うが、アルゼンチンタンゴの「今」を知るなら絶好なアーチストであることは間違いない。

もうひとり紹介したいアルゼンチンのアーチストはQuique Sinesi。7弦ギター奏者。現在はドイツで活動中のようだ。「Cielo Abierto」という代表曲があり、英語にすると「Open Sky」ということになるが、まさに雲ひとつない澄み切った青空のような透明感あるギターが印象的なアーチストだ。
Fernando Samaleaと違う点は、サウンドが非常に美しく分かりやすいことだろうか。ただし、南米音楽に対してのこだわりは非常にストイックで、タンゴやフォルクローレに何度もアプローチを変えて取り組んでいる。そのへんのこだわりに、アルゼンチン出身のアーチストらしさを感じる。
この人のアルバムは入手しにくいものが多いが、ぼくがすきなのは、クラリネット奏者(フルートやサックス、クロマティックハーモニカなどもこなす超絶技巧マルチプレイヤー)Marcelo Moguilevskyとのデュオアルバム「Soltando Amarras」とピアニストPablo Paredes、フォルクローレミュージシャンSergio Teranとのアルバム「Viaje Latinoamericano」。今ネットをざっと検索したが、国内でネット通販できるとこはなさそう。ぼくは前者は2年前くらいに恵比寿の中南米音楽という中南米専門CDショップで手に入れた。後者は今年に入ってから直接レーベルのサイトから通販を申し込んで、3ヵ月後くらいにようやく届いた。中南米音楽にはもしかすると在庫があるかもしれないので、興味ある方は問い合わせてみるとよいでしょう。
どちらのアルバムもフォルクローレ色が濃いサウンド。「Soltando Amarras」はデュオ編成でふたりのかけあいが見事。Quique Sinesiのギターは鳥のように軽やかに駆け抜けていくが、Marcelo Moguilevskyのクラリネットやフルートは地を這うタイプというか土臭くて情熱的、そのバランスが絶妙だ。「Viaje Latinoamericano」は、ケーナやパンフルートといったフォルクローレ楽器そのものが登場するので、よりフォルクローレ色が強く感じる。ただし楽曲自体はあくまでフォルクローレを取り入れたインストという趣で、タンゴ調の曲もあり、土臭さはそれほど感じない。どの曲も非常に美しく心が洗われるような佳曲ぞろい。全体のカラーはSergio Teranのフォルクローレ楽器がメインで、Quique Sinesiのギターが前に出てくることはあまりないが、曲中にぽっとギターがかぶった時の圧倒的な存在感というか、サウンドメイキングに貢献する力というのは、さすがだ。さらに12曲中5曲がQuique Sinesi作曲で、その卓越した作曲センスにも注目したい。

Fernando SamaleaにしてもQuique Sinesiにしても、その音楽の素晴らしさに反して、日本での情報の少なさは悲劇的ですらある。もともとワールドミュージックは情報が少ないが、アルゼンチン関係は特に少ない気がする。ピアソラがあまりにも偉大すぎて、他のアーチストが介在する余地すらない、といったところなのだろうか。レコード会社や流通関係の皆様、ピアソラ信仰もほどほどに、と嫌味のひとつもいいたい気分だ。

2005 06 12 [雑文・CDレビュー] | 編集

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コメント

アルゼンチン3点目〜 3-1 !!。

投稿者 酢鶏@人工無能 : 2005年08月17日 05:32

だから謝るこたぁないって。

投稿者 酢鶏@人工無能 : 2005年11月23日 04:36

まんどくせ
サッカー、アルゼンチンに行ってアルゼンチンタンゴを踊ろう。アル・パチーノとガブリエル・アンウォーのように。

投稿者 酢鶏@人工無能 : 2006年03月02日 04:36