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2005年06月27日
「移動コンサート 夜光虫」に行った。
テルミン大学創立記念コンサート「移動コンサート 夜光虫」に行った。
暑い。会えば分ると思うがこのナリなのでぼくは暑いのが苦手だ!!
暑さに弱いチンチラを飼うことで、今の時期からエアコンフル稼働の言い訳にしているほど、暑いのが苦手だ!
会場のアトリエヘリコプターは、暑かった!!こちろうさんの昨日のブログのエントリーにしたがって、団扇を持っていって大正解。ヨドバシカメラで貰った団扇が、今日のぼくの生命線だった。
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様変わりしたいつもの教室で、団扇を扇ぎつつ開演を待つ。いい加減煮え煮えになったところで、鮮やかな日本画が描かれた襖の向こうからテルミンの音が聞こえてきた。ラフマニノフのヴォカリーズの前奏。機械仕掛けのように(あるいはドリフのコントのように)勢いよく開いた襖の向こうに姿を現した佐藤教授は、ゴージャスなドレスを身にまとっていた。髪には白い花飾り。どわっ!!気合入りまくり!!本日1回目のサプライズ。
教授の演奏姿は、その繊細な音もさることがながら、立ち居振る舞いが美しい。暑さで茹った脳みそと美しい演奏で、頭がぼーっとした。
その後「移動コンサート」の名の通り、場所を移動。テルミン大学では足を踏み入れない場所に突入。教授にこちろうさんと眠り猫さんをプラスして、三重奏。ちょっとしたトラブルがあったものの(誰も気づかないし)、とても息のあった演奏だった。ハラショー!
2回目のサプライズは、三重奏のあとの教授のソロに訪れた。打楽器アンサンブルオムトンの澤口さんが作曲した「テルミン大學教授に寄せて」。教授の演奏する第2会場とは廊下を挟んで向かいにあたる第3会場の窓が、またも機械仕掛けのように(人力だけど)ダン!と開かれた。そこには伴奏のマリンバを演奏する澤口(?自信なし)さん。観客を挟みうちして前後から演奏。凝った演出。マジでびっくりした。
教授の演奏が終わると、場所を第3会場に移して、オムトンのコンサートとなった。
はじめてのオムトン体験はちょっと衝撃だった。
かなりトリッキーな演奏。全部オリジナル曲だったが、聴きやすさの中に人を食ったところ満載で、センスの良さを感じた。特にリズム感が凄い。ぼくには全く拍子が数えられない。もともとリズム感が無い上、暑さで煮えた頭では分らなかったけど、変拍子か、さもなくば物凄く変わった拍子の取り方をしてるハズ。しかも曲中でコロコロ変わる。それをさらっと笑顔も見せながら演奏してるので、ちょっと恐ろしかった。
閉演後、特設カフェでオレンジティーを頼みつつ、こちろうさん他と雑談。オレンジティーはたいへんおいしゅうございました。テルミン大學も狭き門になりつつあるようで、テルミン予備校を作ることを画策する。つまり、どれだけ早く申し込みメールを届けるか。このプロバイダはメール送信が早いとか、お手軽にこの漫画喫茶だと早いとか、そういうワザを伝授するのだ。全くテルミンは関係ない。しかし正しい予備校という感じはする。こちろうさんは寝転がってすっかりリラックスしていた。いつしか出演者とスタッフが集まって、わいわいと写真撮影となった。ぼくは端に退く。はしゃぐオムトンメンバーが可愛らしかった。ひとり男性だったこちろうさんは若い婦女子に囲まれて鼻の下が伸び切っていた。テルオさんがF.O.T東京サロンでのこちろうさんが前よりも若返ってた、とブログに書いていたが、原因が分った気がした。
会場をあとにする。まだ日が高い。新宿で降りて映画を見た。なかなか充実した休日だった。
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2005年06月21日
回るカッパ
あそびで作った回るカッパ。相当意味なし。
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2005年06月20日
F.O.T東京サロンへ行く
6.19、F.O.T東京サロンへ。
なんといっても素晴らしかったのは、ニチェボー!によるマトリョミンアンサンブル。
小さくてかわいらしいマトリョミンも6体でユニゾンすると、コーラス効果がかなり出て、音にツヤが出てそれなりに迫力も出てくる。美しい。まさにソロバイオリンと、ストリングスセクションの違いだ。あそこまで音が豊かになるとは思わなかったので、かなり驚いた。(思えは、前回のニチェボー!公演は、デパートの吹き抜けに音が全部吸われてしまったようだ・・・高円寺・円盤くらいの小さなハコがちょうどいいのかもしれない)
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たぶん、テルミンにはチェロとバイオリンを合わせたくらいの音域があるはずなので、無理をすればカルテット演奏ができそうだ。ニチェボー!の精鋭にかかると、3重奏は楽勝でこなすようなので(!?)あと1個足すだけだから不可能じゃないはず(人事だと思って無茶な注文)。クロノスカルテットみたいに技術にものを言わせて好き勝手なことをやれば、結構面白いものになるんじゃないかな。
カルテットの次は、オーケストラ。もちろん大編成。オーケストラのストリングスは大編成になると第1バイオリン×20、第2バイオリン×18、ビオラ×16、チェロ×14、コントラバス×10くらいになるので、当然それを目指す。テルミンだけだと互いが干渉してツライので、ある程度の干渉が避けられるマトリョミンを適度に混ぜつつ。考えただけでワクワクする。しかし、それでいざコンサートを開いても現在のテルミン人口から考えるに、お客さんより楽団が多いという場末のジャズバーみたいな事態になることが予想される。あれは客のほうがツライのだ。
なんだかまったく東京サロンが関係なくなった。まあ、いいか。
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2005年06月13日
音楽界におけるジョンって鬼門ではないか?
日曜日はテルミン大学。はたしてリベンジは果たせたのだろうか。まあ前回よりはマシになったかもしれない。いろいろ課題をいただいたので、次までにじっくりと練習しよう。
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テ大の帰りにジョンケージの話で多少盛り上がる。
ジョンケージは現代音楽の大巨匠。「はてな」によると、すでに著名になった晩年でも幼稚園児の送り迎えなどのバイトで生計を立てていたらしい。無類のキノコ好きで、毒キノコを食べて死にそうになったり、イタリアのキノコのクイズ番組で優勝をしたこともある。音楽に偶然性を導入して「易経(サイコロをふって音符の高さ長さを決めたりする)」による作曲にハマル。日常生活にもその「易経」を導入し、その結果NYのど真ん中で飢え死にしかけた・・・もうここまでくると音楽がどうのこうのというより生き方そのものがアヴァンギャルドで、芸術だ。
ぼくがジョンケージとたまに混同してしまうアーチストにジョンゾーンがいる。
一応ジャズのサックス奏者ということになるんだろうか。ばりばりのアヴァンギャルド系である。ケージもゾーンもどちらもアヴァンギャルドだから余計混乱する。このジョンゾーンも相当人を食った作品を残していて、ぼくはそんなに聴いてるワケじゃないんだが、Naked Cityというアルバムは紹介せざるを得ない。
Naked City
John Zorn

この路地に倒れてる男のジャケ写は、ホンモノの死体写真だそうだ。アヴァンギャルドジャズだと構えて聴くといきなり肩透かしを食う。一見サーフミュージックやロカビリー、昔のアメリカのテレビドラマ主題歌のようなチープでゆるい音楽アルバムだ。しかし、ぼーっと聴いてると、え?と驚く一瞬が訪れる。さっきまでゆるいサーフミュージックだったのに唐突に「ドガジャガドガジャガ」と狂ったような演奏が1,2秒続いてまた何事もなかったようにサーフミュージックに戻る。この衝撃は実際に聞かないと分からないが、ぼくは最初に聴いたときに開いた口がふさがらなかった。というか笑った。爆笑。ジョンゾーン好きの知人に聴いたら、このむちゃくちゃな「ドガジャガドガジャガ」部分も全部譜面に起こして正確に演奏してるそうだ。
ジョンゾーンを思い出して、そういえばジョンってつくミュージシャンには、変人が多いのではと思い立つ。
エルトンジョンはサーの称号を持つのに、ホモ・・・。ジョンコルトレーンは、ジャズ界不動の大巨匠だけども、濃い。コルトレーンでも濃い度の高い「A Love Supreme(至上の愛)」というアルバムをM大のジャズ研は新歓コンパだか合宿で夜通し流し続け、最後には朦朧となった新入生の女子が、曲中だみ声で繰り返される「ら~ぶすぷり~む」というリフレインを半分寝言で繰り返したという伝説があるそうだ(どんなだ・・・つーか、この場合ヘンなのはそのジャズ研であってコルトレーン関係ないよな)。ええと他にジョンは・・・・んー・・・思いつかん。
というか、単にジョンという名前がありふれてるだけだとは口が裂けても言ってはいけないのだ。
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2005年06月12日
恐るべきアルゼンチンのミュージシャン
今回は思いっきりマニアックなCDを紹介したい。
アルゼンチンってのは政情が不安定なくせに、いろいろすごい。まずサッカーが強い。また、アルゼンチンタンゴは民族音楽としては驚異的に世界中で聴かれてるんじゃないだろうか。そのアルゼンチンタンゴであるが、ダンス音楽としては異色といえるほど暗い。南米の音楽は、サンバにしてもサルサにしても開放的で外に向かっていく音楽が多いが、アルゼンチンタンゴはどうしてあんなに生真面目で内向的なのだろう。そのせいかこの国のアーチストは、音楽に対してストイックになる傾向が強いと思う。ピアソラ然り、パットメセニーグループに在籍していたペドロアズナール然り。
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Fernando Samaleaは、そんなアルゼンチンらしさを十分感じさせてくれるアーチストだ。ドラマーでバンドネオン奏者。この人の音楽はジャンル分けが難しいが、アルゼンチンタンゴをエレクトロやロックの手法を借りて表現しているという言い方が一応しっくりする感じがする。
「Compilado 1997-2003 Remixes」というアルバムがとりあえず聴くにはオススメ。タワーレコードで在庫があれば手に入ると思う。過去にリリースされたアルバムの曲と新たにリミックスした曲を含むベスト盤的アルバム。
Fernando Samaleaの音楽はピアソラをイメージするとかなり肩透かしを食うことになる。エレクトロやロックの手法を使ったリズムの上、ガムラン的なサウンドなども取り入れつつバンドネオンでメロディを奏でる。非常にエッジの立ったサウンドだ。一聴しただけではかなり難解で、ストイックな音楽。しかし、このストイックさは、やはりアルゼンチンタンゴが持つストイックさであって、その意味では非常に純度の高いアルゼンチンタンゴなのだと思う。最近、ピアソラの音楽をリミックスしたアルバムがリリースされたりと、アルゼンチンタンゴのエレクトロ化が流行りだが、Fernando Samaleaの音楽はそういったリミックスアルバムとは明らかに次元が違う何かがあると思う。つまりそれは過去の資産から音楽を再構築するのではなく、自分の音楽をゼロから創造しているからに他ならないとは思うが、アルゼンチンタンゴの「今」を知るなら絶好なアーチストであることは間違いない。
もうひとり紹介したいアルゼンチンのアーチストはQuique Sinesi。7弦ギター奏者。現在はドイツで活動中のようだ。「Cielo Abierto」という代表曲があり、英語にすると「Open Sky」ということになるが、まさに雲ひとつない澄み切った青空のような透明感あるギターが印象的なアーチストだ。
Fernando Samaleaと違う点は、サウンドが非常に美しく分かりやすいことだろうか。ただし、南米音楽に対してのこだわりは非常にストイックで、タンゴやフォルクローレに何度もアプローチを変えて取り組んでいる。そのへんのこだわりに、アルゼンチン出身のアーチストらしさを感じる。
この人のアルバムは入手しにくいものが多いが、ぼくがすきなのは、クラリネット奏者(フルートやサックス、クロマティックハーモニカなどもこなす超絶技巧マルチプレイヤー)Marcelo Moguilevskyとのデュオアルバム「Soltando Amarras」とピアニストPablo Paredes、フォルクローレミュージシャンSergio Teranとのアルバム「Viaje Latinoamericano」。今ネットをざっと検索したが、国内でネット通販できるとこはなさそう。ぼくは前者は2年前くらいに恵比寿の中南米音楽という中南米専門CDショップで手に入れた。後者は今年に入ってから直接レーベルのサイトから通販を申し込んで、3ヵ月後くらいにようやく届いた。中南米音楽にはもしかすると在庫があるかもしれないので、興味ある方は問い合わせてみるとよいでしょう。
どちらのアルバムもフォルクローレ色が濃いサウンド。「Soltando Amarras」はデュオ編成でふたりのかけあいが見事。Quique Sinesiのギターは鳥のように軽やかに駆け抜けていくが、Marcelo Moguilevskyのクラリネットやフルートは地を這うタイプというか土臭くて情熱的、そのバランスが絶妙だ。「Viaje Latinoamericano」は、ケーナやパンフルートといったフォルクローレ楽器そのものが登場するので、よりフォルクローレ色が強く感じる。ただし楽曲自体はあくまでフォルクローレを取り入れたインストという趣で、タンゴ調の曲もあり、土臭さはそれほど感じない。どの曲も非常に美しく心が洗われるような佳曲ぞろい。全体のカラーはSergio Teranのフォルクローレ楽器がメインで、Quique Sinesiのギターが前に出てくることはあまりないが、曲中にぽっとギターがかぶった時の圧倒的な存在感というか、サウンドメイキングに貢献する力というのは、さすがだ。さらに12曲中5曲がQuique Sinesi作曲で、その卓越した作曲センスにも注目したい。
Fernando SamaleaにしてもQuique Sinesiにしても、その音楽の素晴らしさに反して、日本での情報の少なさは悲劇的ですらある。もともとワールドミュージックは情報が少ないが、アルゼンチン関係は特に少ない気がする。ピアソラがあまりにも偉大すぎて、他のアーチストが介在する余地すらない、といったところなのだろうか。レコード会社や流通関係の皆様、ピアソラ信仰もほどほどに、と嫌味のひとつもいいたい気分だ。
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2005 06 12 [雑文・CDレビュー] | 固定リンク
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2005年06月05日
撃沈ウィークエンド(ジャムセッション&テルミン大学)
本日、ジャズのセッションに参加。
ネットで知り合った方々と、ごくごく内輪のセッション。基本的にメンバーも曲も決まっていて、最後のブルースだけ飛び入り参加可能な流れ。当然ぼくはお客さんのつもり。であったが、ふかく考えずに、ピアニカを持っていってしまった。アパートじゃ音出し無理なので練習も一切せずに。
結果、当然のごとく惨敗。指も動かずフレーズも浮かばない。カッコつけてマウスピース型の吹き口つけるんじゃなく、素直に蛇腹の吹き口にしときゃ少しはマシだったかも・・。でも久しぶりのセッションは楽しかった。やっぱりジャムセッションは見るだけじゃなく参加するに限るなぁ。
ジャムセッションを終えてテルミン大学へ。今日から新しい曲にチャレンジ。荒井由実「中央フリーウェイ」というかなり無謀な選択。こちらはそれなりに練習してきたつもりだったのに、セッション同様大失態。この曲、出だしの「♪中央フリーウェイ」が割と派手に跳躍するフレーズなので失敗しやすい。さらに、ここをしくじると次のフレーズの指の形がうまく作れずその先がボロボロになる。練習の甲斐なくいきなり修正不可能なほどの失敗。どっと汗が出た。今日は汗をふくタオルハンカチを準備してきたのに、肝心なときに手元にない! それに動揺したわけではないが、その後も全然冴えない演奏になってしまった。うむむむむむむむむむ。出だしの跳躍フレーズについてのアドバイスを受け、すごすごと立ち去る。
返す刀でセッション打ち上げに向かう。今日は都内を駆け回っている。すでに相当出来上がったメンツ。不甲斐ない結果の連続に落ち込んでいたが、ハジけた人が多かったので随分気分が晴れた。
失敗を糧にして人生はより豊かになるのだと、ありがちな言葉を言い訳のように胸に刻み込む。来週のテ大でリベンジをするのだぁ!
2005 06 05 [テルミン練習日記] | 固定リンク
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