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2005年05月01日

ぼくがテルミンをはじめた理由

僕がテルミンをはじめた理由には、ものすごく現実的な理由がある。
それはつまり、音の出ない楽器が欲しかったからだ。
まったく矛盾した発言のように思えるが、分かる方には分かるかもしれない。

一人暮らしをはじめて、壁の薄いアパートに住んで、「音を出す」ということに敏感になってしまった。夜中など、隣の住人の咳がよく聞こえる。ということはこちらの音もあちらへよく通っていることになる。だから音楽を聴く場合でもテレビを見る場合でもたいていヘッドホンをして過ごすことになった。そんな生活だから、アコースティックな楽器はとてもじゃないが怖くて演奏できない。

キーボードがあるのでたまに弾く。もちろんヘッドホンで聴いて弾く。ところがたとえヘッドホンで聴いたとしても、鍵盤をたたく音、ペダルを踏む音、こういった音が案外うるさいのだ。日中ならよいが、夜中ならかなりためらってしまう音が出る。

電子楽器(アンプから音をだすギターなども含め)ってのは、たとえヘッドホンでも聴いても、演奏時楽器そのものに触れる際のノイズはどうしてもでてしまう。完璧に無音状態で演奏できる楽器というのは、鍵盤をたたいたり、弦をはじいたり、そういった物理的な接触がでてしまう限り、ありえないのだ。

ところがテルミンは、楽器に触らないで演奏できる(たぶん唯一の)楽器だ。たたく必要も、はじく必要もない。アンプの変わりにミキサーなどに通してヘッドホンで音を聴いてしまえば、これほど静かに演奏できる楽器は他にないんじゃないかと思う。さらに演奏時に身体を動かすとピッチがよれてしまうので、直立不動を強いられる。これも「無駄な音を出さない」という点から考えれば、まことに具合がよろしい。

テルミンを買う前のとある日、某所の集まりでMさんが持ってきたマトリョミンを触って、ああ、テルミンってのは「音の出ない楽器」の理想形かもしれない、ということに気づいた。ちょうどその日、別のMさんが二胡を持参でいらっしゃって、触らせてもらった。こちらも大変魅力的な楽器だったが、いかんせん音がデカイ。日常的に触ることを考えるとぼくの生活環境ではテルミンしかない。そう思った。

テルミンに関しては、それ以前にも人並み以上の興味はあった。単館上映だった映画「テルミン」を恵比寿ガーデンシネマに見に行ったほどだ。その後池袋の石橋楽器などへ行き、Ethewaveを見て購入を少し考えたこともある。ただ、当時は今より値段も張ったし、教則本なども出てなかった。いろいろ秤にかけて購入は見送った。

ところがマトリョミンに触れてから俄かに再燃したテルミン熱でネット上を調べまくると、Etherwaveの値段も下がり、教則本も発売され、テルミンコミュニティもそれなりに盛り上がってることを知った。いろいろ秤にかけてみて、購入に踏み切ってもよさそうだ、と感じた。

ということで、ぼくはテルミンをはじめた。
テルミンを始めた方は映画や実際の演奏を見て「感動して」はじめた、という方が多いようだが、ぼくの場合はそんな現実的な理由だ。(無駄な)音が出ないという点に関してはたいへん満足している。その気になれば夜中にでも心置きなく練習できる。なんとなく弾きたいなぁ、と思ったときに、いつでもさらっと弾けるというのは、よい。

2005 05 01 [テルミン練習日記] | 編集

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コメント

今まで聞いた「テルミンを始めた理由」で一番ユニークでした。
ナットク。

投稿者 こちろう : 2005年05月01日 10:13

>こちろうさん

テルミンについては「エーテル音楽」的な、非常に高尚な、精神的な楽器だよ!と高らかに謳ってハードルをあげまくることに少なからずギモンを感じてます。

たとえば、自分の精神状態がダイレクトに音に現れる、などとよく言われますが、そんなの多かれ少なかれどんな楽器にも当てはまることで、別にテルミンだけが特別じゃないのです。

それよりも、ヘッドホンを使えば、接触ノイズがないので夜中でも練習できる、とか、楽器自体に触らないで演奏が出来るので、比較的演奏法の自由度が高くて、病気等で手があまり動かせない方でも工夫次第で演奏が楽しめる、とか、音感がやしなえる(?)とか、もっと現実的なテルミンならではの利点を押し出してもよいと感じます。

ぼくがテルミンをはじめた理由が、「ユニーク」であるうちは、テルミンはまだまだ近寄りがたい気難しい楽器だってイメージがあるんじゃないか、って思います。

すげー生意気だなー、ぼく。

投稿者 ときわ : 2005年05月01日 14:43

実に説得力のある“動機”で、うなづけると思いますね。
結構、楽器を始めるって言うのは、衝動だけじゃなくて「物理的制限」と「衝動」の兼ね合いだと思うので。

物理的制限ってのは、金額、楽器の大きさ、音の大きさ、難易度、その他。
例えば、ドラムなんてかなり物理的制限が大きいじゃないすか。

物理的制限を強引に無視しても、結局上達しないですしね。
1ヶ月に数回しか練習できないトランペットなら、毎日触れるサイレントギターの方がマシですし。
ま、だからと言ってやりたくもない楽器をやってもしょうがないので、まさに、“兼ね合い”なんですけどね。

投稿者 あのまりあ : 2005年05月01日 23:18

>あのまりあさん

そうですね。自分では「音が出ない楽器」ってトコが一番アドバンテージだったので、それに絞って書きましたが、他にも秤に載せたことはたくさんあります。

はじめた理由と、つづけられる理由ってのも別ですよね。続けられる理由についてもそのうち書きたいな、と思ってます。

投稿者 ときわ : 2005年05月02日 00:55

私もテルミンをやればやるほど普通の楽器(=他の楽器と同じ)と感じています。また、周りの人にもそう思ってもらいたいと思います。

私自身が「高尚」だとか「精神的」だとか喧伝しているつもりもまるでありません。

が、しかし、「少し普通と違うでしょ」、とか「ちょっと変わってるでしょ」、とか「希少でしょ」、とかを自慢したい気持ちもあって、そこが当コメント冒頭に書いていることとの私自身の気持ちのなかでの矛盾点です。

投稿者 こちろう : 2005年05月02日 14:24

>こちろうさん

スミマセン。「はじめた理由」と「エフェクター」をテーマに、ふだん感じていたテルミンに関するギモン吐き出し週間になっております。普段よりやや絡みがちですが、他意は無いので軽い気持ちでお付き合いくだされば幸いです。

で、また意見がちょっとだけ違っちゃうんですよー。(表面上の違いであって、本質的には変わらないかもしれません)

テルミンの持つ精神性ってのは、他の楽器とそう大して変わらないというのは先に書いた通りです。
でも、テルミン自体が特殊な楽器であることはこりゃ間違いないと思います。「普通じゃない楽器」です。もちろんその演奏法がです。しかも西洋音楽を演奏する上では、かなり不利なものです。
西洋音楽の楽器の演奏法ってのは、同じ条件下で正確な音程をすばやく鳴らせることを前提にメカニカルに進化してきたのは言うまでもありません。それを考えると、テルミンの演奏法はその対極にあると言っても過言ではないでしょう。

ですから、テルミンは他の楽器と比べて決して高尚じゃないとは言えるんですが、他の楽器と同じだと僕は言い切れません。他の楽器だと簡単に弾けるフレーズがテルミンだと難しい。その意味で制限の多い、普通じゃなさを感じます。

でも、逆にそれって自由であることの裏返しでもあるんですよね。西洋12音階から自由すぎるから、逆に制限が多くなっている。でも、その自由さを生かして、テルミンでは他の楽器では出来ない、大胆かつ繊細な表現が出来る。その魅力があるから、ぼくはこの楽器が好きなんです。

まだ書き足りないこともありますが、とりあえずこの辺で。

投稿者 ときわ : 2005年05月02日 19:27

とにもかくにも魅力を感じている。その感じどころは皆それぞれビミョーに違っている、ということでいいですよね。

繰り返しになりますが、「普通」と思える、あるいは思って欲しいということと「普通じゃない」と思って欲しいという正反対の思いに私自身揺れ動いていて、「本当はどっちなんじゃ!」と言われても、どっちかよくわからない、、(どっちも自分の気持ち)、、、そんな感じです。

投稿者 こちろう : 2005年05月03日 21:49

http://slashdot.jp/article.pl?sid=04/09/15/0425202&topic=38
「見ない」は正統な理由ですYO
Σ(゜Д゜)
こっちこそ、まるで分からぬ

投稿者 酢鶏@人工無能 : 2005年07月15日 06:05