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2005年02月26日
ほりえもんと情報化時代、または田口ランディの傲慢
抽象的なものについてどうのこうの考えるのは好きなのだが、ブログでそれを大っぴらに語るのはとある考えがあって避けてきた。でもちょうどネタも切れ気味だし、そろそろ少しだけ書き散らそうかと思う。
田口ランディ氏のブログでこんなことが書かれていた。
「情報資本主義について」
ライブドアのほりえもんのことを引き合いに出しながら、行き過ぎた情報化社会に警鐘を鳴らしている、と、まぁそんな感じな文章だ。
田口氏は言う
一人の人間がどの程度の情報を処理できるか……は個人差があると思う。情報をどのように自分で取捨選択するかも、その能力には個人差があると思う。堀江さんが目指す社会では、今度は情報資本主義が横行し、情報処理能力のない人間は貧民化するような気がする。
一見非常にまともな意見な気がするが、ぼくはコレを読んだとき非常に違和感を感じた。
ほりえもんの目指す情報化とは、情報の受け手側が望む情報を的確にメディアが発信する、ということにつきる。今までのメディアは一方通行の情報垂れ流しだった。ほりえもんはネットとメディアを融合することで、そこに双方向性を生み、視聴者が望む情報をより的確に伝えようとしている。
たとえば、ライブドアとフジテレビの争いが非常に面白いので、テレビのニュース番組で情報を手に入れたいとする。でも今までのテレビではニュースがはじまって、その話題をキャスターが切り出すまで待っていないといけなかった。待っている間は、特に興味もない情報を大量に受け取ることになる。期待していたのに、肝心のほりえもんの話題が1分で軽く流されてがっかりすることもある。
それをほりえもんは、見たいニュースだけカンタンに見られるような仕組みを作りたい、と言っている。さらに番組放送中リアルタイムでネット上で要望を集め、たとえば解説者にこれこれこうと尋ねてくれ、と要望が出たら、その場で聞いてしまおう、そういった双方向性が新しいメディアのあり方だと言っている。
人が100人集まれば、100通りの興味分野がある。それぞれのニーズに合わせて情報を発信するなら、確かにメディア全体をかけめぐる情報は膨大になる。しかし受け手は100通りの情報の中から自分の望む1つの情報を手に入れれば、それでいいのだ。ほかの99の情報に触れる必要はない。100の情報の山から必要な1を手に入れるのは大変だと思うかもしれないが、ほりえもんはそれが勝手にむこうからやってくるシステムを作ろうとしている。悩む必要もない。本人の情報処理能力に左右されずに、望む情報が手に入れられるのが来るべき情報化時代である。貧民化など、それこそ妄想の類でしかない。
むしろそれぞれのメディアが勝手気ままに情報垂れ流している今のほうが、必要なものの選択が難しく情報貧民化しそうだ。
さらに一方向のメディアはたいへんな危険性を孕んでいる。
今回の例ではフジが、ライブドア問題について一時ダンマリを決め込んだ。ほりえもんの出演する番組はお蔵入りになった。それは企業を守るための必要な措置かもしれないが、視聴者は蚊帳の外である。メディアは大量の情報を流してキャンペーンを張ることも(韓流ブームなんてものがまさにそうだ)、ある情報についてダンマリを決め込むことも(朝日新聞vsNHK問題の朝日の対応がまさにそうだ)自由自在なのだ。その結果として視聴者を情報操作することなどお手の物である。
話を田口ランディに戻す。
この人の場合情報化時代を嫌っているようだが、実は本人こそ情報化時代の権化みたいな人間だ。なにしろまだインターネットという言葉が知られていなかった時代に、パソコン通信で文章を発表していた根っからのデジタル人間なのだ。その後ネット上での創作活動が出版社の目に止まり、小説出版デビューする。
デビュー後はかなり話題になった。僕も何冊か読んだが、サイケカルチャーの生き残りで、若干センスが古いがまあまあ面白かった記憶がある。しかし、何冊かの小説は現在絶版となっている。なぜかというと盗作を指摘され本人が認めたからだ。
ぼくはこの人が情報化時代を否定するのは、自分の聞きたくない意見に耳をふさぎたいだけなのだろうと思っている。盗作問題が指摘されたときに、ネット上で総叩きを食らった。この人はネット出身のクセにネットを甘く見すぎている。総叩きを食らって、そこから逃げることで自我を守り、今も耳をふさぎ続けている。(たとえば田口氏のブログに、否定的な意見を書いてトラックバックを張ると速攻で削除されるそうだ)
はっきり言って卑怯だ。逃げたことで盗作問題についてほとんどうやむやになってしまったから。普通物書きが盗作を認めたら、作家生命はそこで絶たれることになる。ところが今でもホンを出版しているというから恐れ入る。今ではイエスしか言わないファンに囲まれ居心地のいい環境でさぞや満足だろう。
なぜこんなロコツな人格攻撃を書いているかというと、最初にリンクを張った田口氏の文章中、妄想と断っているが
堀江さんは、人間が不得意かもな……と、思った。人間のことあんまりわからない人かもしれない。だから人間が作った文化というのにも興味はないかもしれない。少なくとも、コミュニケーション能力はさほどでもない気がする。
とほとんど根拠のない人格攻撃をしているからだ。田口ランディは自分に対する攻撃からは逃げたくせに、他人を攻撃することに関しては遠慮がない。物書きとしてのモラルがなさ過ぎるのではないか。
ちょっと腹が立ったので、長文になった。
ぼくはほりえもんを応援します!(笑









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