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2005年02月27日
テルミン大学3回目
今日で講座も3回目。
大学構内?は相変わらず味があってよい。
6畳の和室が3間ぶち抜きになっているのが講義が開かれる大講堂?になる。主に間接照明を使ってライティングされた空間は昭和ムード満点。昭和な空間とテルミンというミスマッチにちょっとしたファンタジーを感じる。
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先週今週とあんまり練習できなかったのだが、ボリュームコントロールのくせはどうやら抜けたみたいだ。もっと緩急をつけたボリュームコントロールが出来るようにとアドバイスを教授にいただく。
他の聴講生の方や教授の演奏を見るというのは本当にタメになる。自分でもなぜか分からないが、今日の講座の中で何かがストンと落ちた。家に帰ってから大好きな「行列の出来る法律相談所」を見るのも忘れてテルミンをいぢった。すると明らかに自分の演奏が変わった雰囲気がある。具体的にはいろいろフォームを見直しているうちに、やり方がわからなくなったビブラートが大分出来るようになってきた。ヤバイ。面白い。楽器をやっていて最高に楽しい瞬間だ。
鍵盤弾きにとって、ビブラートは鬼門でないだろうか。
ピアノなどにははじからビブラートの概念がない。シンセのキーボードでも、あらかじめビブラートが自動的にかかる音色になっているか、そうでなくともホイールやスティックを動かすだけだ。振り返って考えてみると、ぼくがかつて篳篥を習っていたときでさえも、ビブラートにはそんなに気を使っていなかった(そこまで気を回すことが出来なかった)。
どんなタイミングで、どれほどの揺れ幅で美しいビブラートが出来るのか?曲調にテンポによっても変わってくる。プレイヤーとしての個性が出しやすいのもビブラートなんではないだろうか。
目下のところ、課題はボリュームコントロールの緩急なのであまりビブラートに気を配っていられないが、いろいろ試してみたいと思う。
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2005年02月26日
iPod shuffle用ケース「inCLUDE」
iPod shuffle用ケース「inCLUDE」
ダウンジャケット状のiPod shuffle用ケース。あざやかなオレンジが目にまぶしい。腕の部分にネックストラップを通せるアイデアが面白い。
見た瞬間、マトリョミンのメテルを思い出した。
この「inCLUDE」を見て妄想したのだが、マトリョミンもいっそこのように首から下げれるようにしたらどうか。大きさ的にはちょっと遠足の水筒っぽいが。一時期エビアンのボトルを首から下げるのが流行した気もするから、あながち流行らないとも限らない。常にマトリョミンを携帯して、気が向いたら演奏なんてちょっと常軌を逸していて面白い。早い話がアホかわいい。
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押井守 戦争を語る@六本木アカデミーヒルズ40

六本木ヒルズ40階からの眺め
トークイベント「押井守 戦争を語る」に行ってきた。
イノセンスの監督、押井守氏と、軍事評論家岡部いさく氏の「戦争」をテーマとしたトークイベント。後半ではゲストに映画「ローレライ」監督の樋口真嗣氏を交え、4時間以上の長丁場であったが、ひっじょーに面白かった。
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「戦争」なんてまたトートツな、と思われるかもしれないが、2月26日といえば、二・ニ六事件の日なのだ。二・ニ六事件に特別な思い入れがあるらしい押井守氏が、この日を選んで「戦争」を語るというのは至極当然の成り行きなのである。
内容については一切オフレコらしいので、書けない。押井守の作る映画はかなり退廃的で暗いイメージがあるが、本人は喋りだすと止まらない。しかしあれほどカツゼツの悪いマシンガントークというのも珍しい。ボソボソとやたらしゃべりまくる。しゃべるだけで内容が薄いなんてこともなく、やたら濃い。しかも着眼点が非常にスマート。ひとつの物事から意外な本質を明らかにする鋭い洞察力には感服した。ここで詳しく内容についてかけないのが残念である。
会場はおそらく日本で一番ナウでヤングな場所だが、軍事ヲタクと硬派なアニメヲタクというかなりソリッドなヲタクたちがお客として500人ほど入る会場を埋め尽くしたのだから、今日一日六本木はお洒落度がかなり下がったハズだ!ぼくは軍事方面の知識はうといので、兵器の固有名詞でどっと反応する客にかなりビビった。隣の客はなぜか軍事関係の雑誌の切抜きをファイリングしたバインダーをひざの上に置き、しきりとボールペンで何事か書き込んでいた。こんなんじゃ田口ランディに、ほりえもんみたいな情報ヲタクはコミュニケーション能力がなくてキモいと思われて当然だ(笑)もっとも僕がそういう連中に混じっても全然違和感がないことは承知している。同属嫌悪というか、違和感がないことに物凄い居心地の悪さを感じてしまうのだが。
ぼくを押井守の世界に引き込んだ、前の職場の同僚と会場でバッタリ出くわした。まあ、絶対彼も来ると踏んでたので別に意外でもなんでもなかったが。前職をやめてから連絡を取っていなかったので、開演前にいろいろ話す。前の職場は倒産寸前の空中分解らしく、あんまり明るい話にはなんなかった(笑)
物販コーナーでローレライの前売りチケットが売ってたので、買う。会場特典で予告DVDが付いていたので、今ざっと見てみたが、CGが思ってたよりCG臭い。DVD自体の画質があんまり良くなかったので、映画館のスクリーンに期待したい。
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ほりえもんと情報化時代、または田口ランディの傲慢
抽象的なものについてどうのこうの考えるのは好きなのだが、ブログでそれを大っぴらに語るのはとある考えがあって避けてきた。でもちょうどネタも切れ気味だし、そろそろ少しだけ書き散らそうかと思う。
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田口ランディ氏のブログでこんなことが書かれていた。
「情報資本主義について」
ライブドアのほりえもんのことを引き合いに出しながら、行き過ぎた情報化社会に警鐘を鳴らしている、と、まぁそんな感じな文章だ。
田口氏は言う
一人の人間がどの程度の情報を処理できるか……は個人差があると思う。情報をどのように自分で取捨選択するかも、その能力には個人差があると思う。堀江さんが目指す社会では、今度は情報資本主義が横行し、情報処理能力のない人間は貧民化するような気がする。
一見非常にまともな意見な気がするが、ぼくはコレを読んだとき非常に違和感を感じた。
ほりえもんの目指す情報化とは、情報の受け手側が望む情報を的確にメディアが発信する、ということにつきる。今までのメディアは一方通行の情報垂れ流しだった。ほりえもんはネットとメディアを融合することで、そこに双方向性を生み、視聴者が望む情報をより的確に伝えようとしている。
たとえば、ライブドアとフジテレビの争いが非常に面白いので、テレビのニュース番組で情報を手に入れたいとする。でも今までのテレビではニュースがはじまって、その話題をキャスターが切り出すまで待っていないといけなかった。待っている間は、特に興味もない情報を大量に受け取ることになる。期待していたのに、肝心のほりえもんの話題が1分で軽く流されてがっかりすることもある。
それをほりえもんは、見たいニュースだけカンタンに見られるような仕組みを作りたい、と言っている。さらに番組放送中リアルタイムでネット上で要望を集め、たとえば解説者にこれこれこうと尋ねてくれ、と要望が出たら、その場で聞いてしまおう、そういった双方向性が新しいメディアのあり方だと言っている。
人が100人集まれば、100通りの興味分野がある。それぞれのニーズに合わせて情報を発信するなら、確かにメディア全体をかけめぐる情報は膨大になる。しかし受け手は100通りの情報の中から自分の望む1つの情報を手に入れれば、それでいいのだ。ほかの99の情報に触れる必要はない。100の情報の山から必要な1を手に入れるのは大変だと思うかもしれないが、ほりえもんはそれが勝手にむこうからやってくるシステムを作ろうとしている。悩む必要もない。本人の情報処理能力に左右されずに、望む情報が手に入れられるのが来るべき情報化時代である。貧民化など、それこそ妄想の類でしかない。
むしろそれぞれのメディアが勝手気ままに情報垂れ流している今のほうが、必要なものの選択が難しく情報貧民化しそうだ。
さらに一方向のメディアはたいへんな危険性を孕んでいる。
今回の例ではフジが、ライブドア問題について一時ダンマリを決め込んだ。ほりえもんの出演する番組はお蔵入りになった。それは企業を守るための必要な措置かもしれないが、視聴者は蚊帳の外である。メディアは大量の情報を流してキャンペーンを張ることも(韓流ブームなんてものがまさにそうだ)、ある情報についてダンマリを決め込むことも(朝日新聞vsNHK問題の朝日の対応がまさにそうだ)自由自在なのだ。その結果として視聴者を情報操作することなどお手の物である。
話を田口ランディに戻す。
この人の場合情報化時代を嫌っているようだが、実は本人こそ情報化時代の権化みたいな人間だ。なにしろまだインターネットという言葉が知られていなかった時代に、パソコン通信で文章を発表していた根っからのデジタル人間なのだ。その後ネット上での創作活動が出版社の目に止まり、小説出版デビューする。
デビュー後はかなり話題になった。僕も何冊か読んだが、サイケカルチャーの生き残りで、若干センスが古いがまあまあ面白かった記憶がある。しかし、何冊かの小説は現在絶版となっている。なぜかというと盗作を指摘され本人が認めたからだ。
ぼくはこの人が情報化時代を否定するのは、自分の聞きたくない意見に耳をふさぎたいだけなのだろうと思っている。盗作問題が指摘されたときに、ネット上で総叩きを食らった。この人はネット出身のクセにネットを甘く見すぎている。総叩きを食らって、そこから逃げることで自我を守り、今も耳をふさぎ続けている。(たとえば田口氏のブログに、否定的な意見を書いてトラックバックを張ると速攻で削除されるそうだ)
はっきり言って卑怯だ。逃げたことで盗作問題についてほとんどうやむやになってしまったから。普通物書きが盗作を認めたら、作家生命はそこで絶たれることになる。ところが今でもホンを出版しているというから恐れ入る。今ではイエスしか言わないファンに囲まれ居心地のいい環境でさぞや満足だろう。
なぜこんなロコツな人格攻撃を書いているかというと、最初にリンクを張った田口氏の文章中、妄想と断っているが
堀江さんは、人間が不得意かもな……と、思った。人間のことあんまりわからない人かもしれない。だから人間が作った文化というのにも興味はないかもしれない。少なくとも、コミュニケーション能力はさほどでもない気がする。
とほとんど根拠のない人格攻撃をしているからだ。田口ランディは自分に対する攻撃からは逃げたくせに、他人を攻撃することに関しては遠慮がない。物書きとしてのモラルがなさ過ぎるのではないか。
ちょっと腹が立ったので、長文になった。
ぼくはほりえもんを応援します!(笑
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2005年02月21日
テルミンを弾くと汗をかく
「モスクワ郊外の夕べ」を中心に練習。
だいぶボリュームコントロールに対する頭の回路が再構築されてきた雰囲気。
ところで、たぶん僕だけだろうがテルミンを弾くと汗をかく。
≫続きを読む
練馬の草庵での練習時に汗をかくのは理由が分かっていて、頭上数センチのところに蛍光灯があって、頭をあぶるからだ。場所を移動すりゃいい話だが、いろいろ操作するのに(伴奏のスタートや、ミキサーでの音量調節)はベストポジションなので、いざ移動するとなると面倒くさい。
10分も練習するとおでこと髪の毛の生え際あたりが汗で湿ってくる。
前回のテルミン大学で「モスクワ郊外の夕べ」を突然弾かせれて汗が出たと書いた。情けない演奏をするので恥ずかしいやら緊張やらで汗が出るのかと思ったが、別の可能性に気づく。つまり普段テルミンの練習のたびに頭を蛍光灯に燻されて、僕の頭の中でテルミン=汗という条件反射が形成されてしまったのではなかろうか。エサの時間のたびにベルを鳴らされて、ベルが鳴るだけにヨダレがダラダラするパブロフの犬のように。
だとしたらちょっと面白いが、まあ、普通に緊張で汗をかくに決まってる。ちょっとカッコ悪いのでなんとかしたいのだが。今ちょっと調べると顔にどっと汗が吹き出たときは、両手の指で同時に、両側の乳房の上あたりの皮膚を強く痛いほどつねってみるといいらしい(汗っかきの人のための知って得する情報)。しかし、この動作の方がトートツでよほど恥ずかしくないだろうか?いかに自然にこなせるかがポイントだろう。汗を抑えるための動作で、よけいに恥ずかしい思いをしたらもっと汗が吹き出そうだ。こいつも練習が必要だ(笑
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2005年02月17日
テルミンのボリュームコントロール(2)
先日のテルミン大学で、ぼくのボリュームコントロールのしかたがどうやらマズかったらしいというのは書いたとおり。
たとえばミの音からソの音に移動する場合、テルミンではどうしたってその間の音、経過音が鳴ってしまう。特にまだ各音階に対する手のフォームが身体に染み付いていないうちは、指先が正しい音程に落ち着くまで迷う。そうすると経過音が目立つようになる。そこでボリュームコントロールでその間の音量を抑えると経過音も目立たなくなる。ただこれをやりすぎると、音と音がブツ切りになってフレーズの横のつながりを台無しにしてしまう。ぼくが陥ってたのがこの状態だ。
ところで、ある方にメールに指摘され、はたと気づいたことがある。
≫続きを読む
その方いわく、音と音の間を区切ってしまうのは、鍵盤的な考えだと。
ピアノでドレミとフレーズを演奏する場合、たとえ楽譜にスラーが記されていても、それは単なる表現記号に過ぎず、それぞれの音のタイミングで鍵盤を叩くという明確な区切りがある。
バイオリンの場合、楽譜上スラーで括られたひとつのフレーズは、ひと弓で演奏する。管楽器の場合はそれがひと息ということになる。
テルミンのボリュームコントロールは、このバイオリンのひと弓、管楽器のひと息に近いのかもしれない。
テルミン大佐藤教授はバイオリン経験者であるらしい。教授は「バイオリンとテルミンは感覚が似てます」とおっしゃっていた。それまでは単にピッチアンテナと、バイオリンの「フレットレス」な指盤の関係が似ているのかと思ってたが、ボリュームアンテナと弓の感覚も似ているんじゃないかということに気づいた。
メールの方も言っていたが、テルミンという一見どんな楽器にも似てない特異なものが、実はいろんな楽器と共通点を持つことは新鮮な発見だ。
ということで、バイオリンのボウイングを意識してテルミンを奏でてみるが、なかなか一度固まったクセは抜けない。ボリュームアンテナを操る左手に意識が行くと、ピッチアンテナの右手がおろそかになる。
まさに振り出しに戻る、だ。頭の中で水前寺清子が歌う。3歩進んで2歩下がる。汗かきべそかきテルミンと歩もうよ。
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2005年02月13日
テルミン大学2回目
本日はテルミン大学2回目の講座。
日も暮れて人通りも少ない工場街を歩く。大通りの喧騒からは想像もつかない静かな場所だ。とある工場の重たい鉄扉を開ける。すると階段の上からテルミンの音がわずかに漏れ聴こえてくる。なんとなく異世界に紛れ込んだ気になる。街のカルチャーセンターでは味わえない良さがテルミン大学には、ある。
≫続きを読む
ということで2回目。割と場の空気も落ち着いてきた。しかし、日テレの「汐留スタイル」という番組の取材が来ていた。後ろからカメラを回していたので、邪魔にならないように身体を斜めにしてよけていたら、「よけなくていいですよ」と言われた。21日の放送で、佐藤教授は生出演するとのこと。我が練馬の草庵にはビデオ装置がないので、誰か録画して見せてください。・・・ああ、録画してもらってもビデオがないからダメなんだ。
どうも僕は左手(ボリュームアンテナ)の使い方がまずいようだ。1音1音律儀に音を切っていた。そうではなく、フレーズごとに大きな動きで表情をつけるといいらしい。やっぱり独学だと変なクセがついてダメだなぁ、と思い知る。
流れ的にぼくの練習曲が「モスクワ郊外の夕べ」になってしまった。いきなり「モスクワ~」を演奏させられて変な汗が出た。人前に出ること自体はそんなに緊張しないのだが(地元の市の青少年の主張大会で中学生のとき優勝したことがある)、下手だと自分でも分かりきってる演奏を披露するのは猛烈に恥ずかしい。
ということで、左手を意識して、練習練習。
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2005年02月12日
東京・首都圏未来地図―街が変わる暮らしが変わる
東京・首都圏未来地図―街が変わる暮らしが変わる
成美堂出版編集部

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今後の大規模再開発プロジェクトの紹介を中心に、東京の過去・現在・未来を俯瞰的に捉えることが出来るムック本。
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たとえば、六本木の航空写真を年代ごとに並べてある。戦後すぐの焼け野原だったころのものから、ごちゃごちゃとした建物が立ち並ぶ1989年の写真。ヒルズが完成したあとの2004年、最後に防衛庁跡の再開発「東京ミッドタウンプロジェクト」などのイラストを2004年の写真に合成した2010年。男性に多いと思うが、ぼくも基本的に「地図好き」「航空写真好き」なので、こういうのを眺めるのは楽しい。(航空写真好きなヒトは→【DECORE】東京空間遊歩人や国土情報ウェブマッピングシステム(試作版)などのサイトがオススメ。平気で3時間くらい時間が潰れると思われる)
航空写真は他にお台場などの臨海エリアとなぜか後楽園周辺が紹介されている。この本が楽しいのはここまでで、あとは今後の再開発プロジェクトの紹介がメイン。デジタルライフを愛し、日ごろ都市派を自認する僕ではあるが、どのページを見てもビルビルビルで頭が痛くなってきた。ガラスと鉄筋コンクリートで平面と立方体を強調したデザインのビルは、機能的という意味で美しくはあるが、あまりに並びすぎると無機質で面白くない。
働き、かつ遊ぶ場所として、こういうデカくてキレイなビルを中心にした複合施設は悪くないと思う。都市は人が猛烈に移動する空間だ。しかし何千万何百万という人を飲み込むには東京は狭い。上に伸びるのは当然の帰依。また現在の再開発事業はビルをおっ建てて上に伸びることで、余ったスペースを緑地化し広場などにする。潤いがある総合的な街づくりを目指す。悪くない。
ただ、住む場所としてのビルというのはどうだろう。ぼくの勤める会社の社長は税金対策のためタワー型マンションを事務所兼自宅として借りている。32階だか34階だか、相当高いところに住んでいる。聞くところによると、物凄く普通じゃないトコロで不便を感じるらしい。なんと30数階の窓から外を眺めるだけじゃ、雨が降ってるかどうか分かりにくいそうだ。ふだん我々は、土に跳ね返る雨の音や、濡れる木々や地面を見て雨が降っていると感じているのである。高いビルから鈍色の空を眺めてもそれが分からない。したがって1階のロビーには住人用の貸し傘が置いてあるらしい。金持ちのステータスとして以外の利点はどうもなさそうだ。
こう考えるのもぼくが練馬の築25年の安アパートに住まい、毎日西武線の電車の音に起こされる生活をしている嫉妬なのだろうか。たぶんそれも大いにあるが、人が寝たり風呂に入ったりと生活する場は潤いがある場であるべきだ。雨が降ってることすら分からない場所に潤いがあると感じられるほど、僕も都市化されてはいない。練馬のアパートは雨の日に窓を開ければすぐ目の前の木々がしとどに濡れているのが分かるし、雨が染みた土のにおいが鼻腔をくすぐる。ラピュタではないが「人は大地から離れては生きてはいけない」と、そう思う。
話を本に戻そう。
この本の白眉はもうひとつあって、それは東京駅の再生だ。
東京駅の赤レンガの建物は今でも美しいと思うが、実は戦災で2階から上が焼失したのでテキトーに屋根を付けただけのものだ。大正3年に完成したときには3階建てで丸の内の南口と北口に当たる八角形の部分には美しいドーム型の屋根がのっていた。で、その完成当時の東京駅を復元するらしい。また駅前広場も拡張し、行幸通りの中央には並木の歩道が貫く。東京の表玄関としてふさわしい、非常に美しい場所に生まれ変わるようだ。
余談だが、行幸通りを皇居に向かって直進しお堀を渡った右手に「和田倉噴水公園」という隠れスポットが存在する。平成7年の皇太子ご成婚を機に再整備されたこの噴水公園は、夜になるとライトアップされちょっと他で見れらないほど感動的な場所になる。ぼくは築地に勤めていた頃、一時期ほぼ毎日会社帰りに銀座有楽町を経由してここまで歩いていった。水の音と光の織り成す幻想的な空間はまさに都市の生んだ潤いのオアシス。人もそれほどいないので、ここで数十分間ぼーっとすると、心がカラになるのだ。
これからの東京は総合的に「職」「遊」「住」のバランスを考えた都市づくりにシフトしていくのだろうと思う。この本のビルの洪水に呑まれて多少マイナス面を強調してしまったが、ぼくはこの街が好きだ。あえて言おう。東京の未来は明るい、と。
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2005年02月08日
シッポナールの可能性
諸君、正直僕たちはシッポナールを甘く見過ぎていた!
シッポナールとは、シッポを指でつまむと、その位置によって違うピッチの音程の電子音を鳴らせる、ぬいぐるみトイ楽器。(→ほぼ日刊イトイ新聞が詳しい)絶滅危惧種だが、ほとんど通りすがりの方のご協力もあって池袋サンシャインシティのトイザらスで無事僕も2匹ほど捕獲に成功した。(もうたぶん池袋のトイザらスにはありませんのであしからず)
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どんな感じかと言うと・・・

こんな感じだ。指が太いのは勘弁だ。
撮影の都合上、片手で持つ羽目になったので、こんな持ち方になってしまったが、実際演奏するにあたっては、片手でぬいぐるみ胴体を保持し、もう片方の手の人差し指と親指でシッポをつまむカタチが自然である。
つまむ位置によって電子音のピッチは連続的に変化する。ちょうどテルミンのピッチアンテナと同じで、つまりその意味ではひっじょーにテルミン的だ。本気で曲を演奏しようと思ったらかなり練習が必要になる。でもそういうある意味ストイックな楽器ではなく、あくまで「へなちょこ」な脱力演奏を楽しむおもちゃと認識するのが、肩が凝らなくて良い。
実際触ってみて分かったが、指で強力にシッポをつまみ込んで上下に移動させれば、無理やりポルタメント的奏法も実は可能である。ただ、少しでもシッポをつまむ圧力が弱まると発音がそこで止まるので、必然ある程度の力をこめることになる。そうすると布との摩擦が痛い。現実的ではない。
なもんで、しばらくは脱力演奏を楽しんでいた。
ところがそんな僕の元へ、このおもちゃを紹介してくれた「< >」さんから一切の説明抜きに衝撃的な動画が送られてきた。
まずはダウンロードしてご覧いただきたい。
↓
(シッポナール神動画 .aviファイル 3.73 MB 音出ます注意)
見事にポルタメント演奏しているのである。ちなみに曲はぼくのオリジナル曲なので著作権的にも問題ありません(→宣伝「Fine Days」という篳篥をフューチャーした曲です。コチラ(muzie)からmp3ファイルをダウンロードできます)
しかもよくみるとシッポを全然つまんでないのだ。
超ナゾ。
で、しばらく悩んだあげくに結論が出た。
「シッポナール< >奏法」

相変わらず指が太いのは勘弁(笑)
つまり、なにかの角に手のひらでシッポを押さえつける奏法だ。あとはシッポナール自体を動かして、角に擦り付けるようにしてピッチを取る。こうするとポルタメントもビブラートも自由自在である。すごい!画期的!
この考え抜いた結論を< >さんにメールで問いただしたところ、
PBの縁に押し付けてますヨ。最近;発見しますた。
画期的!イロイロなモノの角で試しましたケド、手近なモノではPBの角が、尖り過ぎず丸みを帯び過ぎず、適度な滑りがあってやりやすかったです。
との返答。(このお方、とてもナゾが多く、ぼくもよく全貌を把握できてないのだが、天然系の文体の反面、音楽の造詣が深く、知性に溢れてる方である)
ちなみに文中の「PB」はパワーブックの略で、動画正面に鎮座ましますApple社製ノートパソコンだ。
この奏法の発見によってシッポナールの可能性は広がった。シッポナールをお持ちの方はぜひ試していただきたい。
ひらめきとは偉大なものである。
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2005年02月07日
2/6フレンズオブテルミン東京サロン@円盤・高円寺
お客さんとして行く。
どこの宣伝効果が高かったのか気になるところではあるが、やたらお客さんが集まった。冗談で円盤がいっぱいになるところを見てみたいと書いたが、ぼくは身体がデカイので基本的にこういう場所がものすごく苦手だ。僕より後ろのヒトに申し訳ないのだ。左右のヒトにも。ということで会場には早く着いたが一番後ろ端に陣取った。
こちろうさんの「円盤(2/6)の報告」などもあるので、今回は興味を引かれた点をいくつか書くに留めたい。(サロン自体は今まで参加したなかで一番面白かった)
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(ロシア演奏旅行のビデオを見て・・・)
◎テルミン博士のお墓は荒れ放題。
ちょっと切なかった。テルミンという楽器もテルミン博士という人物も、ロシアではほぼ忘れ去られているのだ。
◎テルプシトン
映画テルミンでも映像を拝めなかった「ダンスで音程が変わるテルミン」が見れた。ありゃーたしかに演奏なんてムリだなぁ・・。誰かやってみますかの声に元気よく挙手したご婦人はラジオ体操っぽいキッカイな準備体操で一通り出音を確かめた後、西郷輝彦の「♪好きなんやけど~~チャチャチャ」を歌いながら踊って締めた。テルプシトンを前にしてどこの引き出しが開かれると「星のフラメンコ」になるのか。その発想に爆笑。
◎マトリョーシカのニス塗り
マトリョミンのボディも作っているマトリョーシカ工場にニス塗り職人はたったひとり。肝っ玉かあさん、って感じのロシアのご夫人であった。ニス塗りというと刷毛でムラなく塗る技術がたいへんなのだろう、と思うが、さすがロシア。ニスをハンドクリームみたいに直接手のひらに馴染ませ、その手でマトリョーシカをごしごし撫で回していく。それがニス塗りの全て。刷毛などという資本主義的で軟弱なものは使わないのである。衝撃的。
◎スイカ
演奏旅行は10月だと思ったが、ロシアの街角ではスイカが売られていた。宴席では食卓の真ん中にデコレートされたスイカ。ちなみに楕円ではなく真円にちかいまん丸のスイカである。スイカブームなのだろうか。ハービーハンコックのウォーターメロンマンが頭の中で鳴った。あと、ロシアの宴席、乾杯はもちろんウォッカで。僕は下戸なのでそれはムリだと思った。暗いロシア人もウオッカが入ると陽気になる。歌ったり踊ったりする。
◎マトリョミンは空港泣かせ
ご存知マトリョーシカ型テルミン「マトリョミン」。こいつを持っていると空港では必ず足止めを食らうそうだ。マトリョーシカだと思ったら、中味は複雑に入り組む配線と電池ボックス……知らないヒトが見ればマトリョーシカにカムフラージュされたお手製爆弾以外のなにものでもないのである。疑いを晴らすため、空港職員の前で演奏することもあったとか。ものすごく地味な「テロとの戦い」
◎メテル
マトリョミン用外套「メテル」さわり心地よし。裏地は赤。背中側にはスリットが入っていて各種つまみの操作が容易になっている。聞けばひとつひとつ手作りらしい。家内制手工業。ロシア的。
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2005年02月03日
節分あれこれ。
何がスゴイって、今年の恵方巻き包囲網。
そこらじゅうのコンビニが太巻きオンパレードになった。あっちを向いても恵方巻き、こっちを向いても恵方巻き。無意識のうちに大量の情報に晒されると、買う気になってしまうので意識的に否定する。でも少しウマそうだと思ってしまった。太巻きを一本丸ごと食うのはさぞかし爽快だろう。一瞬手に取るが400円近くしたのでそっと棚に戻した。
≫続きを読む
節分の日に縁起のいい方位に向かって太巻きを一本黙って食いきるという習慣は関西方面には昔からあったらしい。しかし関東に根をおろす僕にはまるきり関係のないことだ。マメをまいてりゃいい。とは言うものの一人暮らしをはじめてからマメを撒いてない。歳の数のマメも食ってない。こうして古きよき風習は失われていくのか、と人事のように思う自分であった。
そもそも節分とは、字が表すように「季節の分け目」のことだ。
明日は立春である。つまり今日までが冬で明日からは春。農耕民族の日本人には、春になる区切りの日に、その1年の豊作を願うことは非常に大切なことだった。鬼にマメをぶつけて厄をはらうという、まこと分かりやすいスタイルも伴って、今日の日本にも根付いている。
ところで日本における節分は奈良時代にさかのぼるらしい。
ときの天皇が疫病が流行したのを祓うため、鬼やらい(やらいは「遣らい」で、つまり追い払うこと)の儀式をしたのがはじまりとも、鞍馬山の鬼が都に乱入してくるので、マメを投げて鬼の目をつぶし追い払ったのがはじまるとも言われている・・そうだ。記憶があいまいだったので今調べた。
昔何かの小説でよんでちょっとした価値観の崩壊を味わったのが、この「鬼」の解釈である。いわく奈良時代平安時代は貴族文化の社会であった。そして「平家でなければ~」のように貴族だけが「人間」として認められていた。都以外に住むヒトはそもそも貴族たちにとって人間じゃなかったのである。比喩のレベルじゃなくこれはもう本気でそう思ってたらしい。ケモノ以下の存在だったのだ。ことによればケモノ以上の害をなすので、つまり「鬼」とは貴族以外の人間のことであった、という解釈。節分のことのおこりも、貴族たちが都に汚らわしい「鬼=ヒト」が入ってくるのに腹を立て、つぶてを投げて追い払ったのが起源、ということになる。まるきり鵜呑みにするのも危険だが、なかなか興味深い解釈ではある。
ともあれ、長い時の中で節分は庶民の行事として浸透し親しまれてきたワケだ。明日安売りになった豆を買ってきて、ボリボリ食うかな。実家のチンチラは節分のあの豆が好物だったので、うちの小羽にもあげてみようか。
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2005 02 03 [雑文] | 固定リンク
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2005年02月01日
ブログにおける情報発信の意味
ブログで個人が情報を発信して何の意味があるか、というと「情報を発信することで、情報が集まってくる」という1点に尽きると思う。
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たとえば先日、当ブログでナゾ楽器「バリオン」とトイ楽器?「シッポナール」について書いたところ、両方ともしっかりとコメント欄に情報が寄せられた。そのため僕はバリオンの詳しい情報も分かったし、シッポナールも手に入れることが出来た(シッポナールについてはまたの機会に)。情報を発信することで、更に自分が必要とする情報を手にすることが出来たということになる。
なぜ情報が集まったか。くどくど説明することでもないが、つまり、情報を発信することで、サーチエンジンがその情報をクロールする。一方、自分の専門分野をもつ方はその専門分野の単語でたびたび検索する。結果、サーチエンジンを通して自分の発信した情報が専門家に読まれる。その上で専門家の気が向けば、更なる情報がフィードバックされていくといった具合になる。
さて、情報を集めるため……言い換えれば専門家に読まれやすくするためにはある程度の工夫は必要である。つまり検索サイトにうまいこと結果が載るように、書き方を工夫してやることだ。それについては「もうひとつのお客様──ブログにおけるサーチエンジン対策」で詳しく書いたので、もしよければ参考にしていただけると幸いだ。
情報を発信して情報を集める。WEBの正しいあり方だと思う。
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2005 02 01 [雑文・ウェブログ] | 固定リンク
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