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2004年11月30日
雑文・食──牛角食堂
僕が住んでいる街の駅前のパン屋が潰れて、牛角食堂なるものができた。
焼肉屋、牛角チェーンの定食屋である。
牛角自体は、そこらじゅうにぽんぽん建っているが、牛角食堂はまだ全国で3店しかない。
かなりレア。潰れたパン屋には申し訳ないが、かなり嬉しい。ひとりで入って飯だけ食えるトコが意外と少なかったので、ビバ牛角食堂な全面歓迎迎撃体勢である。
ということで、行ってみた。
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一番人気だかオススメだかの「ぷるこぎ定食」を頂く。
石焼ビビンバ用の石の器に、じゅーじゅーと音を立てて運ばれてきた。それに豚汁とごはん。ご飯大盛り無料。生卵を割って、プルコギにかけていただく。お値段は780円。
松屋の期間限定の「プルコギ定食」の10倍はウマイ。
ところでプルコギっていつのまにやら定着してるよなー。韓国通の友人が言ってたが、「コギ」ってのは肉って意味らしい。じゃあ、「プルは?」……この文脈では答えるのが筋だろうが、残念。「プル」の意味については聞き忘れた。いや、忘れたのか。ん。でも友人から教えてもらったとき、「ムル」ってのが水で、「ムルコギ」と言ったら、「水の肉」で、つまり「魚」って意味だよって文脈で教えてもらった気がするので、やっぱりはじめから聞いてない気がする。
物凄くどーでもいいことだが、こういうことを放っておくとスッキリしないので調べると「プル」ってのは「火」って意味らしい。だからどうした、ってオチになってしまった。
ともかく、牛角食堂は気に入ったので、飯ローテーションに組み込もうと思う。
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2004年11月29日
雑文──ドラクエ廃人
進歩のないテルミン日記はしばらく脱線することでお茶を濁すことに決めた。
今回は長いけど最後までテルミンはおろか音楽ネタすらないのであしらからず。
社会人になってからはゲームはほとんどやらないし、たまに買っても3時間くらいやって、飽きてそのままってことが多い。いや~最近のゲームって複雑だったり、難しかったりして、全然やる気ならないよ、ってのは僕がおっさんになったからなのか。
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そんな中、ドラクエだけはなぜかほとんど欠かさずプレイしている。前回「5」のリメイクが出たとき、引っ越ししたてでPS2を持ってなかったのにも関わらず(しかも当時働いていた会社、経営悪化で給料がまともに出ず、金欠だったのにも関わらず)、PS2本体ごと購入してしまった。
ドラクエはまず全く反射神経を使わないのがいい。シリーズ通して呪文やアイテムの名前や効果がほぼ共通で、基本的な部分であたらしく覚えることがあまりないこともいい。どんなにボスが強くても、根気よくレベルさえ上げればそのうち勝てることもいい。
ファイナルファンタジーでなく、なぜドラクエかという点については、単にFFはシリーズ通して一度もやっていなかったからである。逆にドラクエは子供のころからやっていた。今調べたが、ドラクエ1が発売されたのは、1986年。その頃僕は小4だ。
僕の小学生時代は、ファミコン黄金時代とまるきり被っている。友達の家に遊びに行く=ファミコンで遊ぶ時代のさきがけであった。ドラクエみたいな、完全に一人でじっくりやるようなゲームでもなぜか集まって友人のプレイを真剣に眺めていた記憶がある。今考えると全然楽しくないような気がするが、不思議と退屈はしなかった。ドラクエ(1)は新しかったのだ。敵を倒し、お金をため、武器を買い、レベルが上がれば強くなる。呪文を唱えることもできる。単純なアクションゲームやシューティングゲームしかなった時代に、それは未知の興奮をもたらすものだった。当然、友人の家で眺めるだけで飽き足らず、その友人が飽きたころ、拝み倒してソフトを借り、家でもやった。ドラクエ2も友人から借りてやった。長い「ふっかつのじゅもん」に何度も泣かされた。社会現象となった3も、やった。音楽が好きでCDも買った。4が出るころには、もう中学生だった。ドラクエとともに歩んだ子供時代とも言える。
だから僕にとってドラクエという世界は、子供のころを思い出すノスタルジーの箱なのだ。……いや、思い出すというのは正確ではないかもしれない。子供のころに還るというのが正しいだろうか。新しいドラクエがでる度、ハードの性能に合わせて、確かにグラフィックは強化されていった。ただ、ドラクエの世界観というか、空気感は驚くほど変わらないのだ。ひとたびドラクエをはじめると、馴染みのある世界観にすぐに僕は子供に還り、ただひたすらわくわくしながらモンスターを倒し、お金を貯めて武器を買い、洞窟や塔を探検する。それは子供の頃に味わったあの興奮そのものである。
ということで、ドラクエ8を買った。
シリーズ史上、最高の進化と言えるかもしれない。フル3Dでどこまでもゆけるドラクエによもや出会えるとは思ってなかった。鳥山明の描くキャラクターがまるでアニメのように表情豊かに歩き廻る。今までの無表情な2頭身とは雲泥の差だ。錬金ガマ、スキルといった新しいシステムもある。
目新しさ満載のドラクエであるが、でもやっぱりドラクエだった。今回も僕はすんなり「ドラクエ」の世界に入っていくことが出来た。変わらない世界がそこにはあった。
ところで僕が大人になって変わったことと言えば、ゲームを自分が稼いだお金で買うようになったことと、一人暮らしゆえ誰にも束縛されず心置きなく何時間でもプレイできるということだろうか。子供の頃は、何時間もやろうものなら「いつまでやってるの!勉強はどうしたの!」と母ちゃんに怒鳴られた。ああ、もっとやりたい。子供の頃はいつだってそう思いながらゲーム機の電源を切ったものだ。
大人になって、心置きなく何時間も出来るように、なるにはなったが……。土曜日曜の二日間で、ふと気がつくと合計35時間くらいやっていた。とくに土曜日は朝8時半に近所のコンビニに予約していたドラクエ8と、篭城用食料を買いに出かけ、帰るなりそのままひたすらやり続けた。いつまでやったかと言うと、日曜日の朝6時までである。
ドラクエ廃人。あんまりやり過ぎて血管が切れる人もいるそうで。マジで健康を損なう危険がある。ゲームのように、死んでもいつのまにか教会で生き返っている、なんてワケにはいかないので、さすがに自重しようと思った。
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2004 11 29 [雑文] | 固定リンク
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2004年11月22日
60日目──チューニング
体調は咳がたまに出る以外だいぶ回復した。
アテローマの方も、5日くらいの通院で済んだ。
テルミンの練習も続けているが、いかんせん進歩がないぶん書くこともなくなってきた。独習の弱みというか、最初の壁にぶち当たっている感じである。
そんななか、実感してきたのが、チューニングに対する感覚・・・・。
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テルミンのチューニングは、簡単に言えばピッチアンテナの反応距離の調整だ。テルミンはピッチアンテナに手をつけた状態で一番高音が出る。そこから手を遠ざけていくと、その距離の分だけピッチが低くなって、最後には音が消える(無音になる)。この音が消える点までの長さを調整するのがチューニングで、長めに取ればドレミを演奏するのに、より大きな手の動きを要求され、短めに取れば手の動きは小さくなる。竹内氏の教本では、腕をひいて手を胸に着けた状態のときにちょうど音が消えるようにチューニングするとよい、とある。
また、テルミンは温度湿度使用アンプ・エフェクター等で、ガンガンチューニングポイントが変わっていく。昨日調整したつまみの位置で、今日もベストなチューニングになるとは限らない。電源を入れて演奏する前にチューニングを確認しないテルミニストはモグリだ!ってくらい、重要な「儀式」である。
チューニングに気を使えば、ドレミ各音に対する、ピッチアンテナと手の距離が、いつも一定できる。そうすると、反復練習するうちにドレミの「手の型」がだんだん固定されていく。
最近は練習していて「あれ?この手の型で、このピッチの音が出ない」みたいな経験をよくする。その場合たいてい、チューニングがズレている。気づいた時点でそそくさとチューニングつまみを調整し、改めて練習を再開すると、望んでいたピッチの音が出るようになる。ああ、だいぶこの楽器にも慣れてきたなぁ、と思う。
ただ悲しいかな、鳴れるのと、巧くなるのは違うのだ・・・。
定点観測用に録音を何度かしてるが、あまりの不甲斐なさに公開を見送っている・・・。
2ヶ月目のテルミン生活はそんな感じ。
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2004年11月11日
インターバル──アテローマ
どうも体調を崩すと、あちこちおかしくなる。まるで年寄りの台詞だがしょうがない。今年の1月に風邪をひいたとき、首の後ろが物凄い勢いで腫れて神経を圧迫して痛くて痛くてどうしようもなくて病院へ駆け込んだら膿がたまっているからすぐ切開だ!と間髪いれずメスを入れられありったけの力でグリグリ膿を搾り取られその神経の束を直接擦られるような激痛に気を失いかけワケも分からずひと月弱毎日通院する羽目になった。結局最後まであれがなんだったか分からなかった。
で、今回また風邪を引き、首の後ろが腫れた。腫れとしてはまだ前回の45%程度の勢力で痛みも薄いが、前回の教訓を生かして早めに病院へ行くことにした。
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やや高齢の外科医師は開口一番僕に言い放った。
「切って膿を取りましょう」
脳裏によぎる悪夢。顔に出たのだろう、医師は優しく微笑みこう続ける。
「メスで切ると大変だし、針をちょっと刺すだけにしますから」
ところがそのイシャは、注射針を何度も何度も執拗に刺しては抜き刺しては抜き。しまいには全体重をかけて患部を絞りはじめた。これのどこが「ちょっと」じゃあ!とは言えない。メスを入れてくれたほうが麻酔使ってくれるので何ぼかマシだ。あまりの痛さに顔が笑けてくるほど。看護婦さんとか「痛いですか」とか聞いてくるが、見りゃ分かるだろうお前は何年勤めてんじゃそれでもプロかとか、やはりそういうことも言えない。痛い。余裕がない。
外科医師は「これはアテローマ、粉瘤と言ってね、大元を取らないとまた出てくるよ」と脅しに入った。もういやだ。今度絶対取ろう。なんだよ粉瘤って「瘤」の字が凄い嫌。字だけで脅しが効く。痔とかと同じ仲間。病気関係の漢字はなんでこんなにも自己主張が強いのか。出来れば病気関係の漢字とはお付き合いしたくない。ということでアテローマで覚えることにする。でも、こちらは覚えにくい。ドラクエの中ボスみたいな名前。魔法とか使いそう。
ともかくしばらくまた通院生活。通販生活ならいいんだけど・・・。
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2004 11 11 [雑文] | 固定リンク
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2004年11月09日
おしらせ
本格的に体調を崩しており、しばらく更新をお休みしております。
風邪→仕事爆発→飲み会で徹夜→悪化→悪化→悪化です(苦笑
もうしばらく復帰までかかりそうですので、2週間後くらいにお会いしましょう。
2004 11 09 [] | 固定リンク
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2004年11月01日
雑文──耳につく歌鼻につく歌
♪よ~く考えよ~ おからは大豆だよ~
CMソングは危険だ。毎日聴くうちに、いつのまにか無意識領域まで侵食され、ふと気づくと口ずさんでいる!
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最近危険信号を発しているのが「自動車保険のそんぽ24」
→このページでお聴きいただけます
♪みっなおそう 見直そう (ソンポォ!)
♪自動車保険を 見直そう
♪そんぽ 24で 見直そう サァ
♪みっつもりだ 見積もりだ
♪シャバダバ ダバダバ ダバダバ~
♪シャバダバ ダバダバ ダバダバ~
♪電話ピポポポ そんぽ24
職場でかかっているFMラジオから、日に3回は流れる。
そんぽとマンボをかけているというこの上ないユルさ。
鼻にかかった声が、侵食度をさらに高めてる。耳につく。もうやめて欲しい!
やめて欲しいといえば
河口恭吾。
べつに森山直太朗が売れたあとに「桜」を出したことも、その「桜」にこんな疑惑があることも、どーでもいい。
ただ、あの鼻にかかった歌い方と、根拠のない前向きさが、どうも僕には合わない。鼻につく。
FMラジオでゲスト出演したとき、自己啓発セミナーにハマッた人みたいな喋りで、「こんなに前向きで、頑張ってる僕を見て!」オーラを出しまくってた。
世間からは盗作疑惑の人、少なくとも二番煎じの人と見られているし、今ちょっとは売れていても薄氷の上を歩いていることには変らないハズだ。
なのに。その前向きさの根拠はどこから来るのか。「僕の歌で皆を癒したい」みたいな勢いである。盗作疑惑抜きにしても、歌詞だって曲だって非常にありふれているのに。ありていに言っちまえば胡散臭いのである。
全国の河口恭吾ファンの方ごめんなさい。
でも河口恭吾の曲では、テルミン練習しません(笑)
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2004 11 01 [雑文] | 固定リンク
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